8月29日11時から配信された、中村吉右衛門配信特別公演 「須磨浦(すまのうら)」を観た。この作品は、吉右衛門さんが松貫四の筆名で、「一谷嫩軍記」の熊谷次郎直実と一子小次郎の物語を新たな構成で書き下ろしたもので、吉右衛門さん自ら熊谷次郎直実を演じている。
e+ の SPICE に掲載されている配信直前レポートが参考になる。https://spice.eplus.jp/articles/274300
第一場・堀川の御所、第二場・須磨の浦。まず、平家物語の冒頭部分がテロップで表示される。能舞台が映し出され、五色の揚幕から橋掛かりを通り、義太夫の竹本葵太夫さん、三味線の豊澤淳一郎さん、続いて笛の田中傳十郎さん、小鼓の田中傳左衛門さん、大鼓の田中傳八郎さんが所定の位置につく。笛の音が静寂を打ち破り、鼓が響き、五色の揚幕が上がって、素顔に紋付袴姿の吉右衛門さんが橋掛かりに歩を進めた。歌舞伎とは異なる、能のような演出。
第一場、堀川の御所にて、舞台上で演じるのは吉右衛門さん一人だが、葵太夫さんの語りとの掛け合いで芝居は進行する。吉右衛門さんの演技は気迫にあふれた、素晴らしいものだった。映像作品だからこそ可能な顔のアップでは、直実の心情が伝わる、表情の演技の巧みさに改めて感服した。
葵太夫さんの語る義経の命を受け、吉右衛門さん演じる熊谷次郎直実は、一旦橋掛かりから揚幕の奥に引っ込む。しばし、鳴物が舞台に響き、第二場の須磨の浦へ。
揚幕から、馬の頭と前脚役、手綱を手にした吉右衛門さん、馬の後脚役が並んで登場する。歌舞伎では馬の作り物に跨ってのところを、能舞台という環境での騎馬の工夫に驚いた。(落馬の心配もない)。
前半同様、吉右衛門さんの演技と、葵太夫さんの語り(敦盛実は小次郎)との掛け合いで芝居は進行する。物語のクライマックス、直実が敦盛を討つ場面は、吉右衛門さんの動きや顔の表情に一層見入ってしまい、そして、敦盛の首を扇子で表現した見事な演出に感動した。
能舞台での上演、素顔に紋付袴姿、馬と扇子、風呂敷以外に小道具なし、竹本は一挺一枚、鳴物も笛、小鼓、大鼓という最小限の構成での上演は、ある意味、能に近いのかもしれない。熊谷次郎直実を何度も演じてこられた吉右衛門さんだからこそ、可能になった作品だと思う。
30分程度の上演時間で、視聴料金が3500円は高いかなと思いながらチケットを申し込んだが、吉右衛門さんをはじめ出演者が第一人者ばかりで、密度の濃い作品を鑑賞した後は、この値段に納得した。
2021年2月28日 追記
2021年3月5日午後11時から NHK Eテレの「にっぽんの芸能」で「須磨浦」が放送される。録画予約しておかねば。
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